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ヤクザと聖職者は黒い服を好むそうです。 ある牧師に言わせると「ヤクザは夜闇に身を 隠して悪事を行い、聖職者は己が姿と栄光を隠してひたすら神の栄光をあらわす。」ため だというのです。 その言葉の妥当性を問う事も必要ですが、世の中は、余り牧師と言う職業の人間が 活躍することを期待していないのは事実ではないでしょうか。 善良な牧師はそのような人々の期待を、繊細に感じ取って(牧師には当然のように繊細 さが要求されます。) その期待にどうりの人物に変身して、ある人はなりきって一生を本番で 過ごします。 どんな世界にもはみ出し者がいるものですが、牧師の世界も例外ではありません。 いや牧師の世界その物がはみ出し者の世界といえるでしょうが、そこにもまたはみ出し者 はいるものです。 そんな牧師をどのように皆様に紹介したらいいのか本人は大変戸惑っております。 名は 森脇章夫 年齢は47歳゙10年前からここ ?で牧師をしています。本人はごく あたり前の牧師のつもりでいたのですが、そのころから自分はどうも普通の牧師と違う、 考え方も価値観も、当然常識と考える事も、また物事の感じ方も人と(他の牧師)と違うと 言う自覚を持つようになりました。 以前、八年間程牧師をしていた静岡県清水市では本人は自覚をしていませんでした。 二十一才の時に米国人宣教師に導かれて信仰を告白して以来二十六年間、一日も 欠かさず聖書にしたしみ、二十四才から全寮制の神学校に七年間学び、専門の聖書学 びに忠実に従っいました。その後、牧師となって原典から忠実に学び、人々に説教を 毎日の様にしてきました。当たり前の普通の牧師です。けれどもどういうわけか、年数と 共に他の大多数のクリスチャンや牧師とすっかり価値観や思考が相違してしまったようです。 その様な自覚の中で同業者(失礼)やクリスチャン達の集まりに行くとすぐに「この人は 本当に聖書を読んでいるのかなあ?」と罪深い疑問を持つようになりました。全ての牧師がそ うではありません。しかし、人を裁く罪を侵さないためには、用事を作ってそんなところへ 出かけない事が神様の前に得策だといつしか思うようになっています。 こんな事をここに書いていると、立派な牧師さんや信者さんにお叱りを受けてしまうかも わかりません。そんな事になる前に 話題を聖書その物に返して、ご一緒に聖書を学び ながら、皆様とご一緒に人間について、神様について、そうして人生や世界、宇宙について 考えたいと思います。 このサイトは今のところ私と、川西連協や川西聖書教会、栄南防災会の友人の 方々の協力で成り立っています。けれどもこれからはこれをご覧になっているあなたの 参加と協力を得たいと思います。そうして、ここからご一緒に新しい時代を二十一世紀に 築きたいと願っています。 なぜなら聖書は、今の混迷した時代に対する明確な認識と、その事態を本質から再生する 方策と、再構築するべき新しい世界の理念に満ちているからです。
川 西 聖 書 教 会 牧 師 森 脇 章 夫 1998年 6月 19日 初版 8月 29日 第 3版 ホームページに戻る人はここをクリックして下さい。 牧師の個人情報を得たいかたはここをクリックして下さい。
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