唐山地震
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唐山大地震 銭 鋼、蘇 錦、林 佐平訳、片山恒雄監修  朝日新聞社 1988年

1976年 7月28日午前3時42分53秒〜   M8・2

                                                      死者→24万2769人      

                                                   重症者→16万4851人   

                                              合計        40万 7620人

                                                  罹災者      唐山市住民全員   100万人以上            

 今世紀の世界の大地震

1923年9月 1日→関東大震災 →M7・9 死者14万人

1960年5月22日→チリ地震  →M8・5 死者1700人

1964年3月28日→アラスカ地震→M8・4 死者 178人

 

唐山地震の前兆

前兆→7月中旬 近くのダムで魚が簡単にとれる(卩走河ダム)

唐山沿岸漁業で鯰、すずきが大漁

☆半月前に震央距離18kmの深さ50mの井戸が自噴。p.122         

 下旬→海面の岩礁が沈降

砂浜が急に狭くなった。1/3に。漁をする海が深くなり濁った。  

海中に虹のような1本のベルトが一瞬見えた。

☆7月17日午後震央200 kmの石油井戸から石油が2m自噴し噴出量は1トン。

p.123 7月25日→タンカー(長湖)で魚が大漁、羽根トンボ、虫、雀、蝶、バッタ

大軍で簡単に捕まえられた。                 

→イタチが午前中に100匹大移動。

☆自噴していた井戸の噴出量が増加、ガスも噴出し砂や砂利も吹き出した。

ガスの噴出音は20m地点でも聞こえた。p.122         

 →深さ50メートルの井戸からガスが吹き出した。

26日→仏爺頂山のレーダーに唐山一帯に扇形に磁場が映像に出る。

27日も27日→唐山郊外の鄭庄公社でコウモリが日中に手でとれた。

→唐山近郊で軒下の親雀が子をくわえて飛び去る。         

→綿畑で鼠の大軍走り回り逃げる。

→工場の巣から逃げだした300匹の鼠が2日3日おとなしくしていた

→井戸の水位が数メートル上下した。               

→資材置場の鉄筋から溶接のような放電。

→電源を切った蛍光灯が光る。

→唐山林西炭鉱に薄黄色の霞が出て硫黄臭がした。

深夜→飼われていたアヒルが庭に追い込めず、飼い主のズボンの噛みつく。

→猫の鳴き声がうるさく走り回った。ある猫は主人を引っかいて起こした。犬が同時に長く吠えた。

→犬が飼い主の部屋に入り起こそうとし起きないと足に噛みついた。

→犬が飼い主を家から引き出そうとした。多数。

→飼い犬が4匹の子犬を加えて小屋から外へ出た。         

28日→1時30分養豹場の415匹の豹が騒ぎだした。

→養鶏場の鶏が走り飛び鳴きまわった。

→ラバが物をかじったり、蹴ったり跳ね上がった。

☆震央距離15kmの100メートルの井戸が突然音をたてて自噴 p.122

3時過ぎ→100頭程の馬が手綱を切り鳴きながら小屋を逃げだし走り回った。

→鳩が巣から飛び立ち高く旋回して地上に下りてこなかった。    

→夜間の畑仕事を終えた農民が温泉池が熱くて入れなかった。

→西瓜の番をしていた人の200メートル向こうの上空が明るくなり、畑の西瓜の葉や茎がはっきり見えた。胡瓜畑でも同様直後暗くなる。

→夜勤の病院看護士が大変蒸し暑かったので室外で涼むと物音一つ無かった。突然チッチッという音が頭上でしてビューと言う刀が空を切り裂く感じで身震いし全身に鳥肌が立ち暗赤色の雲が見え恐怖で室内に逃げると西北の空が異様に明るくなった。静寂の中に「ウーウー」と言う音で地震を直観し室外に逃げた。             

 ☆3時41分唐山経由大連行き夜行特急列車前方の夜空に3本の稲妻のような発光と同時に信号灯が突然緑から赤に転じ消灯非常ブレーキをかけ鉄橋直前に停止と同時に地震。p.126

「たしかに人類の歴史上もっとも悲惨な一ページだった。不幸にも命を落とした人たちはほとんどなんの準備をするひまもなく、いきなり死を迎えなければならなかった。あまりにも慌ただしく、あまりにも性急に、死は一瞬のうちに彼らを襲った。」p.48

「声もなく、息づかいの苦しそうな生存者たちは、ねじ曲げられた物体のように、精根つきはてて、助けを叫ぼうともしなかった。」p.51

「さまざまな人影が灰色の霧のなかをゆらゆらと動いていた。魂を奪われたままの、足もとも定まらない、夢遊病者たち。未知の惑星に放り出されたかのようにさまよっていた。いっさいの感覚が麻痺していた。涙腺も声帯も、そして痛みを伝える神経系統も。この災難がどれほどの大きさなのかだれも想像できなかったし、考えるひまも感じ取る余裕もなかった。それどころか肉親の死を悲しむいとまさえなかったのだ。     唐山 陸 実 の言葉。               

 ☆印は地震予報・警報論 力武常次 学会誌刊行センター 1979