聖書翻訳への政治権力の介入

戦前の中国国民党の指導者蒋介石総統は、熱心なキリスト者としてよく知られている。しかし、彼が中国語聖書の翻訳に深くかかわっている事は案外知られていない。

そのことに詳しい、日本聖書教会  の元最高責任者のS氏によって、その実体が記されている。

以下はその引用です。


中国の蒋介石総統が、1944年対日戦争の最中、呉経熊に命じてラテン語から中国語に新約聖書と詩編の翻訳を命じ、3回にわたってその翻訳に丁寧に朱を入れていた............

そもそも中国聖書の記述は、1810年代、宣教師ロバート モリソン牧師によりて初めて訳され、その後徐々に多くの翻訳がなされたが、その文体が雅さと流麗さに欠くことを感じて、新しく翻訳する人を求めていたところ、蒋夫人の推薦によるか?県の呉経熊(先生)氏を招いた。たまたま呉氏は、ちょうど詩編の翻訳を終えたので、蒋公に校正をしてもらうべく原稿を送った。蒋公は細かに精読した後その訳文の素晴らしさを誉め、そして新約聖書の翻訳を委任したのである。
 呉氏は、年若くして欧米に留学し、法律を専攻し、かつては中華民国憲法の草案を作製し、続いて宗教哲学を専攻された。彼は、1942年に聖書翻訳を開始し、前後3年費やしてその翻訳を終えた。その間、新約聖書各冊を翻訳し終えると、直ちに蒋氏に修正のための原稿を送り、1946年、呉氏がバチカンへ公使として派遣された時に、この原稿を携えてローマへ赴き、そこでの出版を計画した。バチカン教皇庁の伝道部は、干野声総主教に審査を委託し、干氏は、また羅光及び陸微祥両氏を審査員として招き、1948年に審定許可を受けて、出版の運びとなった。1949年、呉氏が帰国した折り、この審査済みの修正原稿を蒋公に手渡し、その審閲を受けて後、呉氏はホンコンを経由した際、真理学会にて、その年の11月に出版となったのである。1979年8月30日に、呉氏は、この原稿、蒋公の自筆による修正稿全部11冊を私に手渡し、本会(国民党史委員会)で珍蔵された。
 この訳稿の詳細を読む時、ほとんど毎章、毎節に蒋公の校正、及び毛筆による圏点(マーク)が有るのを見るとき、実に蒋公がキリストに在る信仰の敬虔さと聖書翻訳に対する慎み深さの一面が伺われる。蓋し蒋公は、この聖書訳文が出版された後、「全国の有識者がこの書に依って信仰の道を求め、キリストのみ言がますます広められる」ように望んでいたと思われる。呉氏がかつて言われた。「もし、この詩編と新約聖書の翻訳に、蒋公による原稿修正の手が加えられていなかったら、このような良き出版の成功がなかったであろう」と..............................................................。

 全文は下リンクを参照ください。

http://taijiro.tama.net/Kuni2Sato/sanpo/sanpo.cgi?page=6


驚くべきは、これは明確な政治による宗教への介入だ。そればかりではない、宗教側はその重大な問題性を全く認識せず、逆に好ましい事としている。このように政治権力 が、宗教の根源である聖典の翻訳と言う最も重要な信仰の根源事項に対してあからさまに介入する事自体が大変大きな問題を含んでいる事に、全く気づかない 両者の見識の低さだ。

このような事実を、問題とするどころか逆に美談として無神経に公開する、その不見識にも驚愕する。

聖書翻訳にかかわる政治からの介入とそれを歓迎する教会側の双方に根深い問題が潜んでいる事に注目する必要が在る。 政治にとっても、宗教にとってもそれは実に不幸な事と言わざるを得ない。

このような為政者から、の干渉に加えて、様々な介入を当然のこととして聖書翻訳が経済的に成り立っている現実を直視し無ければならない。

信仰者の立場から言えば、その様な政治や、民族や教派や人間が築き上げた思想や哲学、神学などの影響をできる限り排除して、聖書は翻訳されるべきではないのだろうか。

 

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