2003年10月4日


< 故・稲葉先生を偲ぶ会 >

    場所 : 上ヶ原 ランバス記念礼拝堂  12:25〜
    司会 : 関西学院学長 山内一郎先生


稲葉越三先生略歴

1938年  大阪帝国大学医学部卒業
1949年  関西学院保険課長に就任
関西学院大学に対し集団検診の優秀により文部省より表彰を受ける。

1954年〜1975年  関西学院大学教授

その後、保険館の建設に尽力され、学生会文化総部囲碁部部長にも就任して、学生の諸活動を援助。
職員囲碁部の顧問にも就任し、ご逝去せれるまで顧問として指導にあたられた。

2002年10月4日ご逝去

 

礼拝堂で石井邦生先生と並んで    やさしいゆみたんも参列してくれた

メッセージ   山内院長
追悼の言葉   尼子卓司(職員囲碁部OB)
挨拶      石井佐兵衛(職員囲碁部現役)


御存命中にお会いする機会はなかったが、院長のくわしいお話や追悼の言葉から、稲葉先生のお人柄が良く偲ばれた。
「せっかちというか、気が早いと言うか、いらちというか・・・とにかく93歳で亡くなられたとはいえ、130歳分くらい生きておられた・・・」と言うお話には、吹き出してしまったが、それだけ時間を大切に過ごしておられたご様子が目に浮かぶ。

御就任中は、月曜日朝8時半から、土曜日の午後まで、毎日休まれることなく、執務され(普通の先生では、そういうことは稀だそうだが)、「勇気、根気、執念を持ち、死ぬまで懸命に生きられた。」という言葉どおりの方だったようだ。
関学精神 “Mastery for service” を身をもって示されたように思われる。

この「偲ぶ会」は、関学囲碁部OB会が主体となって催されたものであるから、阪本清志先輩始め、榊、苫部、長久、長沢先輩達に取り囲まれ、それに石井邦生先生も、遠方のお仕事先から駆けつけてくださった。


むくいをのぞまで ひとにあたえよ
こは主のかしこき みむねならずや
水の上に落ちて、ながれしたねも
いずこのきしにか 生い立つものを

あさきこころもて ことをはからず
みむねのまにまに ひたすらはげめ
かぜに折られしと 見えし若木の
おもわぬ木陰に ひとも宿さん     マタイ 10・8

 

 

キャンパスでは、幸せそうな新郎新婦が2組、今日は大安