ニュ−ヨ−ク郊外の家

1999年12月13日(月)
 

< ムクの通夜 >

和子さんから、「けさ、ムクが死んじゃったの。5時から9時までお通夜するの。」
と、電話があった。
当然来てくれるだろうという話ぶりだったが、あいにく今日はちょっとそんな時間は取れない。

「行きたいけど、今日はどうにも都合がつかないわ、ゴメンネ。又日を見て伺うわ」と電話を
切った。
4時半に又、電話があった。
それでは、ということで、急ぎの用だけ片付けて7時半になったが、駆けつけた。

真っ赤に泣き腫らした目をして、和子さんは独りだった。
「ついさっきまで由紀子さんが居てくれてね、お客様にお茶を出したりして下さってたの。
あなたと入れ違いよ。今一人になっちゃって、ド−したら良いのか途方にくれてたところよ。
来てくれてありがとう。」

座敷にしつらえた祭壇には、お花がいっぱい。おもちゃ、お菓子、好きな音楽のCDなどの中に
愛犬ムクの遺体は埋もれていた。

 

和子さんは、最近体調を崩して情緒不安定。かなり落ち込んでいたのだけれど、「このムクの死で、
久しぶりに夢中になれることができた」という。

「もう人間で言えば90歳くらいだから、天寿は全うしたの。動物病院へ入院してお世話になって
たけど、今朝私が駆けつけてから、私の腕の中で息を引き取ったから心残りはないの。でも久しぶ
りにがぜん母性本能が目覚めちゃって、こんなことしないとおれなかったの。」

思えば和子さんは、2人の息子さんの成長に全ての情熱をかけていた様な人だった。
その息子さん達が立派な社会人となり、家を出てから情緒不安定になってしまった。
愛情を注ぐ対象を失った空しさからだろう。仕事一筋で来られた御主人と急には歯車も合わず、
精神的なことから体調も崩し入退院を繰り返していた。

和子さん、あなたはもともととても魅力的で、学生時代から私達仲間の内で輝くような存在だったわ。
前はお庭にハ−ブをいっぱい植えて、今はやりのイングリッシュガーデンの最先端を行ってたではないの。
お部屋に大きな機織り機をおいて、美しい織り物をいっぱい紡いでいたではないの。
素晴しく美しい声で、スポットライトを浴びて、フォ−クのボ−カルをやってたではないの。
そんな輝かしいあなたに早く戻って!!

ギタ−と楽譜をいっぱい出して来てくれたので、「ムクに聞かせてあげましょうよ」と、しばしギター
をかきならし、2人でフォ−クソングの世界に浸った。

「あの美しかったお庭は今どうなってる?」
「ズ−ート、ムクに解放してたから、滅茶苦茶よ」
「じゃあさ、今度の春はお花がいっぱいになるように又手入れしてよ。きれいなお花を拝見しに来る
のを楽しみにしているわ。約束よ! 絶対ね!」
何度も手を握り合い、おいとました。