●私 の プ レ イ エ ル
■私の持っているプレイエルは、製造番号90677番、1880年後半の製造だと思います。
■マホガニー仕上げのきわめてシンプルなデザインです。現在そのピアノは藤沢市にあるレストラン・カフェバー、クラジャに置いてあり、ピアノの発表会、各種ライブ等に使われています。
■このピアノが私の工房に入った時、取り敢えず普通には弾けましたので、そのまま色々な人に見てもらい、意見、感想等を聞きました。
■S氏:(トロムボーン奏者)、『なんだこの鼻に掛かった様なppの音は、まさにフランス語の発声の様だね』『俺が今まで知っていたピアノの音は、弦とか響板が鳴っているというイメージだったけど、このピアノはもと違うものが含まれてて、ボディの外に出てきて響きを作っている感じがする。この感じがショパンなんじゃないの?音も一つ一つがちゃんと立ってみえるね。』『そこらにあるピアノじゃショパンにならないもんな。』
■Kさん:(この方は全くの素人で、専門教育は受けておりません。)『こんなデリケートなピアノは、私にはコントロール出来ないわ、』『触るのが怖いわ』等々でした。
■私としては、調律はもちろん整調も良くないし、弦も伸びきっているだろうし、かなり古い物なのでオバーホールを考えたのですが、プレイエルというピアノがどんなピアノかわからないし、付き合いのないピアノをいきなりオーバーホールというのも怖いので、取り敢えずそのまま使えるところまでと思い、それから10年近く経ってしまいました。
■その間に私なりに色々な事が、分かったり感じたりしています。 アクションはシュバンダー型で、5セクションに分かれ、バットのセンターピンはセクション1本なのでスティックの時は大変です。
■又、バットとシャンクが別で、UPの様にバットにシャンクが植えられています。バットを一つづつ動かせないのでシャンク付け(ハンマー植え)の時に弦合わせ正確にしておかないと(それでも狂いますが)修正するのが大変です。近代のピアノの様に精密な弦合わせは不可能に思います。
■鍵盤のバランスレールに、もちろんベディングスクリュウーなど有りませんから、常にバランスレールと棚板が着いていたりスキができたりで、キーの深さもアクションの働きも変化しています。なにしろ古いので、ガタが有ったり、直ぐに変化してしまう所と全然変化しない所と極端です。
■次に、調律の事ですが、初めてこのピアノを調律した時は、なにも考えず12平均率でやりましたが、何かここという所で止まらず、言う事を聞いてくれません。
■ハタと考えた時、もしかしてこのピアノが作られた時代、今から100年前は、ドビッシーの時代、と言うことは関数計算が出来る様に成り周波数計算が出来る様に成り、古典調律から12平均率が普及し始めた時代ではないか、という事は、まだまだ古典調律が一般的だったのではないか、と思いベルクマイスターの第一技法3番で調律をしてみました。 すると、ここは1秒間に唸り3つだな、なんて考えてこのくらいかなって思っていると音の方がその場所で止まってくれるのです、この様な体験は初めてでした。
■きっとこのピアノは長い間この調律方法で行われていたのではないかと思いました。
■日本では、ピアノがヨーロッパから入って来た時から、12平均率が唯一の調律方法の様になっていますが、ヨーロッパでは、音楽や楽器の長い歴史の中で、紙の上の継承ではなく、現場から現場へ、音楽家から音楽家、技術者から技術者へ実際的に継承されているサウンド(調律方法等)が有る様に思います。
■このピアノをクラジャに持って行って、ベルクマイスターに調律して、すぐに近くに住んでいるピアニストのWさん(この方は後にこのピアノを弾く機会が一番多くなる)に電話をして来てもらいました、この方は私のことを理解していて、バッハの平均率クラヴィアを始め各時代の作曲家の楽譜を持って来て色々試して弾いてくれました。
■この時私が強く感じた事は、ショパンのサウンド(音の飛び方)と、転調の訳、それとドビッシーの楽譜が何故複雑かが分かった様な気がしました。
■次にこのピアノの感想を何人かに聞いてみました。
■クラジャのマスター:『このピアノは、聴いている人は素直に古い音とか時代を感じているのに、弾いているピアニストが現代のモダンなピアノしか知らないから、聴いている人より古い時代に行けてなえんだよね。』
■H氏:(年に1、2回シャンソン歌手の伴奏者として来るオールマイティーなピアニスト)
『このピアノを持って全国ツアーに回りたいですね、このピアノを弾くとショパンを感じるんですよ、現代のピアノは何か機械的すぎて、指を鍵盤に降ろしてから音が出るまでが直接的すぎて、なんて言うか、間と言うか、そういうのが無さすぎて人間がコントロール出来る範囲が狭い、このピアノはそれがあるんですね。』
■Wさん:(このピアノをクラジャへ入れてから一番長く接している方です。)
『毎週一日4・5時間弾いていますでしょう、でも、耳も腕も全然疲れないんですよ、今まで感じなかったから分からなかったんですけど、たまたまももう一台の方で弾かなければならない時が有ったんですよ、そうしたら凄く疲れていたんです。』
『また、このピアノはアンサンブルの時バランスがいいんです、普通は伴奏と言う弾き方になってしまうのですが、ほかの楽器の邪魔をしないので、○○とピアノという様に、ソロどうしの曲として弾けるんです。』
『それと、ショパンとドビッシーは、さすがに弾き易いですね、スタインウエイ:ベヒシュタイン:ベーゼンドルファー等は、凄く凝って作ったご馳走の様に思うんですが、プレイエルは何かその季節じゃないと味わえない、旬の素材の美味しさって感じがしますね、』
『普通なんだけどその季節じゃないと味わえない美味しさをかんじます。』
■私がこのピアノと付き合って感じた事は、現代の様に、技術的にも、科学的にも、唯物論的に成り過ぎて、データーや情報重視で、寸分のスキも許されず、すべてがリアルタイムで流れている様な社会。
■その中に有って、この古い楽器と向かい合っていると、この楽器の持っている不確実な部分、不正確な部分とか、アバウトさが、それと向かい合う人の許容範囲とか、ふところの深さとか、全人的なもの全てを確かめられている様です。
■本来、自己表現、感情表現の道具だったはずの物が、科学や、工業技術の発達と共に、性能、精度が上がり、その道具の能力を引き出す為に(人間の教育も高度になり)人間が使われてしまってはいないでしょうか。
■道具を、もっと、もっと自分の能力や、感情表現の巾の広さ深さ、人間性の向上の為に使用したいものです。
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