ビジネスモデル特許の研究


                                              1999年10月23日
                                            1999年11月1日改定
                                        1999年11月29日改定
                                            弁理士 本庄 武男
はじめに 

 ビジネスモデル特許は、巨大なサブマリン特許の集団
 米国は先発明主義に基づき特許出願について公開制度を採用していない。また、米国の特許権の存続期間は、
過去には特許から17年という単純なものであり、審査が長引くと既に陳腐化した技術について、突然特許のいう
独占権が発生する事がある。これを、水面下に潜っていたものが突然現れて、驚かすという意味で、サブマリン
(潜水艦)特許と呼んでいる。サブマリン特許の問題点は、既に古くなり誰もが常識的に安全な技術として使っ
ている技術に、突然独占権が付与されるために、その被害に遭う人、企業の数が非常に多く、非常に広い分野に
わたり、且つその技術が産業の基盤技術に成長しているために、莫大な損害が生じる(権利者にとっては莫大な
利益となる)点、及びそのような莫大な被害の原因が、その発明の生来持っている価値と関係なく、公開制度を
採用していないと言った制度上、つまり人為的な原因による点である。

 特許制度は本来、新しい技術を開発したものにその努力の代償として、その技術について独占権を与えて保護
するシステムである。従って、どんなに先進的な、時代を先取りした技術が出てきても、それは特許制度として
は予期したものであり、それに独占権を与えても何の不都合もない。ところがサブマリン特許の場合は、既に古
くなり、基盤技術に成長した時点で、その技術について、突然独占権が出現するという点で、特許制度の本来的
な姿にそぐわないものである。そのような議論が世界に沸騰したため、米国も近年、特許権の存続期間を、日本、
欧州その他の国と同様、出願から、20年を超える事が出来ないように改正した。それにより、既に米国特許商標
庁で眠っている分は別として、将来的にはサブマリン特許が現れる危険は回避されるようになったことは周知の
通りである。 ところで、ビジネスモデル特許という言葉が流行りのように使われている。ビジネスモデル特許
は、後に述べるように、特許制度の根幹に関するものではなく、従来の特許制度のもとでの発明と同質であるが、
実は既に陳腐化し、産業の基盤的手法として成長しているビジネス手法に、突然特許権が発生するという点で、
サブマリン特許と同様、大規模な利害関係を生じる可能性がある。しかも、一部のマスコミの報道により少々間
違った解釈がなされており、産業界に波瀾を巻き起こしているように思われる。

この論文は、ビジネスモデルについて正しい認識を図り、あるべき産業活動を願うべく作成したものである。
   

                 

◆ プライスラインの人気 

 インターネットのメガ・ブランドのうちAOL、プライスライン、ヤフーの3つは、非インターネット・ユーザー
の間でも20%を超える認知率を確立している。 

 この中でもプライスライン社は、たった150日間で、6250万人の認知を得ることに成功した。この成功の秘密は、
有名人をスポークスパーソンに起用したキャンペーン効果であるといわれている.しかし、キャンペーン効果だけ
であれば、時間と共に薄れて行くはずであるが、プライスラインの場合には、時間と共にますます認知率は上が
っている。その理由はプライスライン社が開発したビジネスモデル特許の手法にあると言われている。 

 以下にプライス来社を成功に導いたビジネスモデル特許について主としてプライスライン社のケースを中心と
して解析する。

◆ プライスラインのビジネスモデル

 プライスラインが他社に先駆けて採用した考え方は逆オークションという概念である。これは、顧客が予め提示
した希望価格を複数のベンダーに提示し、この価格で商品を提供できるベンダーが名乗りをあげ、その顧客が商品
を自分の提示した価格で購入できるというものである。

 特許庁のホームページ(特許庁ホームページhttp://www.jpo-miti.go.jp/indexj.htmの左フレームの「審査情報」の
「インターネット上の仲介ビジネスについて」をご覧下さい)がこの手法を明快に説明している。 

 航空券の販売方法を例にとって要約すると、「航空会社は通常飛行機の座席が満席でなくても飛行機を飛ばさ
なくてはならない。その場合、空席はなんの利益ももたらさない。従って航空会社にとって、大幅にディスカウ
ントしても空席を売ることが出来ればその利益はかけがえのないものである。プライスライン社の逆オークショ
ンに基づく航空券の販売方法では、プライスライン社が仲介業者となる。消費者は、自分の行き先、買いたい空
席の値段、自分の連絡先等を、プライスライン社に登録しておく。航空会社も自分が経営する空路等を登録して
おくと共に、その日その日の航空スケジュールの空席状況を登録する。航空スケジュールの空席について、プラ
イスライン社という仲介業者を中心に、消費者の「安い席があれば取りたい」という要望と、航空会社の「空席
を売りたい」という要望が結ばれ、売買が成立し、プライスライン社は仲介料を得る。」。 

このように、このビジネスモデルは、「売り手(航空会社)」「買い手(消費者)」「ネットプレナー(仲介業
者)」の3者がともにwin-win-winとなるものである。「売り手」が商品販売機会を増やす…特に不良在庫(空
席)がある場合、それを処分できるというWin、 「買い手」が自分の予算にあわせた(自分の希望価格)商品の
購入が可能となるWin、「ネットプレナー」はその手数料がもらえるというWinである。このビジネスモデルは、
顧客の予算マッチイングであり究極の顧客志向ビジネスといえるであろう。 

 但し、プライスラインの場合、顧客は出発地と目的地及び価格を指定するだけで、例えば航空会社や空路を
指定できない。従って、安いがサービスの悪い航空会社の便や、回り道や迂回する便が割り当てられることがあ
る。これによるトラブルも拡大しているようである。

◆ ビジネスモデルと特許とのかかわり

 何がビジネスモデルであるかは、なかなか定義しにくいところであるが、コンピュータとネットワークを用
いたビジネスの手法とでも言うのが正解であろう。

 プライスラインの場合は特に上に述べた逆オークション方式により一般消費者をネットワークの一部に組み
込んで、規模の大きいビジネスを対象としている点で、成功する可能性の高い方法と言える。

 また、技術的には特に高度のものを求めているわけではなく、ビジネスとしての着眼点に面白さがあるとい
える。

 しかしながらコンピュータネットワークの利用方法としては特段高度ではないにしても、技術的に新規なもの
であり、しかも決してレベルの低いものではないから、特許出願すれば特許される可能性は非常に高いと言わざ
るを得ない。

 このようなビジネスモデル特許であるが、その主体がビジネスの手法である事から、ビジネスモデル特許はわ
が国の特許制度のもとで、特許されうるものであるかという疑問が出てくる。また、冒頭に述べたように、ビジ
ネスモデル特許は、すでに陳腐化した、従って産業上の基盤的手法として誰もが使えるようになっているビジネ
ス手法に特許という独占権が与えられる可能性がありうると言う点で、サブマリン特許と同様きわめて重要であ
る。更に、我々はこう言ったビジネスモデル特許にどのように対応したら良いかといった点で検討が必要である。

◆ 問題点

A.ビジネスモデル特許はわが国の特許制度において特許され得るものであるか

  日経産業新聞社の記事(日経産業新聞「サイバースペースの未来」第2部 2005年のネット経営、特許
こそビジネスチャンス)によると「インターネット上での新サービスに特許を出願する例が出てきた。技術に新
規性がなくてもコンピューターさえ絡めば、サービス自体の特許が成立するようになったからだ。特許庁が米国
の審査基準を踏襲した結果だ」としているが、結論から言うと、私は「ビジネスモデル特許は、日本に従来から
ある特許制度を何ら変えるものではなく、日本の特許庁が米国の審査基準を踏襲した結果でもなく、従来通りの
発明概念の中に含まれ、従来通りの基準に従って特許の対象となるものである」と考えている。

 なぜなら、特許庁は、従来よりこのような発明について特許して来た経緯があるし、また、例えばプライスラ
インの航空券の販売方法や自動車の販売方法などを見ると、そこに従来からのクレームの作り方と何ら異なると
ころはないからである。

 即ち、従来より日本の特許庁は、コンピュータプログラム発明に関する審査運用指針において、 発明がコン
ピュータのハード資源を利用している場合には、発明に自然法則の利用性があるものとして、発明の成立性を
肯定している。プライスラインの特許明細書を良く読めば理解されるが、プライスラインの特許は、コンピュー
タのハードウエア資源の存在を前提として、コンピュータが果たすべきビジネスの手順をクレームしているもの
であり、まさしくコンピュータのハードウエア資源を利用した発明なのである。 

 このように、上記プライスラインにおける特許明細書に開示の発明は、上記の特許要件を満足しており、これ
が日本において特許されたとしても、従来の運用指針の立場からすれば当然のことであり、ましてや日本の特許
庁が米国の審査基準を踏襲した結果のことではないのである。

 上記日経産業新聞の記事においては、地図を用いた広告方法などを取り上げて、今後特許庁の方針が変わった
場合の問題点などを数人の論者に聞いているが、これらのもともと上記の特許要件を充たしている限り従来通り
発明としての成立は疑いない。従って、審査基準の変更を論じるに足りないものである。それゆえか、上記論者
の中には、ビジネス特許を離れてネット上で成立する発明の問題点を論じている人がいる始末である。

 また、特許庁は1999年10月18日に芝パークホテルにおいて、日刊工業新聞社の主催で「迫り来るビジネス特許
の荒波 その現状と対策」という講演会を開いた。その中で特許庁はビジネスパテントについて、「わが国にお
いても従来より、それと意識せずに実質的に保護してきた、即ち特許して来たとし、その例として、「自動車等
の競売システム(特許第2733553号)」及び、「ホームページページ上の広告情報供給・登録方法(特許第2756483号)」
を上げている。このように、特許庁も、ビジネスモデル特許が従来から特許法上認められてきたものであるという
見解において、筆者と同じ立場に立っていることが理解される。

B.ビジネスモデル特許の重要性

1.上記したようにビジネスモデル特許は特に従来の特許制度に変化をもたらしたものではないとすれば、一体何
が問題なのか。これは、特許制度とは別の観点から考えねばならない。即ち、ビジネスモデル特許は、必ずコン
ピュータを用い、多くの場合、インターネット等のネットワークを用いたビジネスの方法に特徴があるので、一
般のソフトウエア発明の特許性に関す
る運用指針や審査基準が適用される。その意味で、一般のソフトウエア発明と何ら差はないが、近時の傾向とし
て、大きい仲介ビジネスには、コンピュータやインターネットの使用が不可欠になってきている。逆にこれらの
技術手段を用いないものは大規模な仲介ビジネスを行う事ができない。従って、大規模なビジネスを行う場合に
限定すると、コンピュータを用いる事が、ほとんど常識化してい
る。この意味で、ビジネスモデル特許は、ほとんどの大規模な仲介ビジネスに関係するという指摘
は当たっており、この分野についての遅れは、企業活動にとって、或いは国単位の産業を考える場合に、ビジネ
スモデル特許は重要である。

 しかし、すべてのビジネスについてビジネスモデルとしての特許性があるかというとやはり、コンピュータを
必須の構成要件とするという条件は依然として存在し、コンピュータを離れたクレームのビジネスモデル特許は
成立しないことは、ビジネスを開発する者にとって忘れてはならないことである。

2. 次に、既に冒頭にも述べた通り、ビジネスモデル特許は、ビジネス手法自身は周知化しているが、そこにコ
ンピュータによる手法とインターネット技術を持ちこんだとたん、特許の対象として浮上する、所謂サブマリン
特許との同質性を無視できない。この場合、そのような社会の基盤化したビジネス手法は様々な分野で、幅広く
且つ大量に使われている場合が多く、そのような特許が出現するときわめて大規模な利害関係が出現する可能性
がある。その場合、我々はどのように考えて行けば良いのであろうか。サブマリン特許と同様に、特許法が予期
していない或いは特許法が想定した秩序を乱すと言う名目で、すべてのビジネスモデル特許を制限して良いもの
であろうか。

 ここで考えなければならないのは、ビジネス特許にも大別して幾つかの種類があるのではないかという点である。

 a.まず、先に述べたように、サブマリン特許になりうるような、ビジネス手法自身が既に陳腐化しているも
のである。この場合、発明の構成としては、このようなビジネス手法をコンピュータによる手法に置き換えた構
成要件を含むことになる。それは技術分野としては新しいものと解されるかもしれないが、ビジネスの分野にお
いて周知な手法として確立しているものを、コンピュータの手法に置き換えたに過ぎないものであるから、その
意味で進歩性の要件を広げて拒絶しても良いのではないだろうか。このようなサブマリン的な発明は、もともと
あらゆる分野における既得権を侵害する可能性のあるものであるから、このような取り扱いが妥当であろう。

 b.一方、今までにまったく無かった新しいビジネス手法についてコンピュータ技術とインターネット技術を
適用したビジネスモデル特許も、当然に今後出現する可能性は大きい。例えば、プライスラインの航空券の予約
代理業の特許のように、逆オーディションという新しい手法を持ちこんだものには、サブマリン特許のような陳
腐化した技術の特許化と言った不条理は生じないし、新しいビジネスを開発すると言う努力に対しても十分保護
に値する。従って、このような場合には、拒絶する理由が無いと言うべきである。

 c.さらにもうひとつのケースとして、新しいビジネス(或いはハード的、ソフト的手法)に旧来の陳腐化し
たビジネスが結合された発明はどうであろうか。例えば新しいコンピュータの制御システムを開発した時、その
システムで旧来のビジネスを達成するような技術は当然創作可能である。この場合、確かに陳腐化した基礎ビジ
ネスに特許が及ぶことになるが、「新しいビジネス(或いはハード的、ソフト的手法)」を使う事が前提となる
から、その特許は陳腐化したビジネスだけを使う実施行為には及ばず、既得権を侵害しないであろうし、また本
来、上記「新しいビジネス(或いはハード的、ソフト的手法)」だけでも特許として成立しうるものであるから、
それが旧来のビジネスに関連した実施の態様があっても特に問題は生じないであろう。ゆえに、この場合は、拒
絶理由に該当しないと解するべきである。

 3. 次の問題は、ビジネスモデル特許に限らないが、インターネット等の国際的大規模なネットワークを用い
ることを前提とする特許においては、権利侵害が国境を超えて容易に発生する。従って、自国に特許が成立して
いないからと油断していると、いつのまにか外国で侵害をしていたりするので、注意が必要である。

 4。 もうひとつの問題は、先の特許庁ホームページに記載の通商産業省(機械情報産業局電子政策課)とアン
ダーセンコンサルティングが共同で行った電子商取引の市場規模に関する調査結果である「日米電子商取引の市
場規模調査」(平成11年3月公表)にあるように、例えば1997年の実績でみると、日本の電子商取引に関するビジ
ネス特許の出願件数は、18件であるのに対して、同年出願の米国の特許件数は39件である。米国の登録率を70
%とすると1997年の米国でのビジネスモデル特許の出願件数は55件程度となり日米のこの分野における出願件数
比率は約1対3程度である。日米の格差があまりに広がると、日本のビジネスが米国に蹂躙されるのではないかと
言う恐れをぬぐう事が出来ない。

 5. ビジネスモデル特許は、ビジネスの仕方に特徴があるから、面白いビジネスの仕方をはやく考えたものが
優先する。この点、さきに述べたプライスラインの逆オークションといった従来にない革新的なビジネス方法を
考えついた者は、実質的に優位に立つことができるであろう。逆オークションは、コンピュータを使う事で、世
界中の消費者を参加させることの出来る商売方法を提供し、それによってきわめて短期間で超大企業が出現した。
ビジネスモデル特許には、特許的には特に新しいものはないとしても、ビジネスの世界にとって、実に斬新なチャ
ンスをもたらすものであり、特に、大きい資本を必要としないこと(要するに頭の勝負であること)から、資本
力のない中小企業や、ベンチャービジネスに魅力的な興奮をもたらしうるものと期待される。

 6.ビジネスの仕方という分野は、人間社会が存続する限り資源が枯渇する事はなく、無尽蔵の知的所産の開発
が期待される。言いかえると、今後いかなる手法が飛び出すか予想の出来ない分野である。ビジネスモデル特許
は、上に述べたように、特許的には新しいものを提供したものではないが、資本不要で考えようによってはどん
な大きい規模のビジネスでも、達成可能であるから、法人、個人に拘わらず、頭の良い人は、どんどんチャレン
ジしてはいかがであろう。現に、各種新聞紙上では、この分野に集中して出願が急増していると報告されている。
今後の検討課題である。

 7. これらの問題を議題とする三極特許庁会議がこの秋、開催される予定である。また、ビジネス特許の制限
についての米国議会の公聴会がこの秋に開催される事も予定されている。 


 最後に、当ホームページを閲覧頂きありがとうございます。当ホームページでは、上記特許庁が指摘するビジネスモデ
ル特許(「自動車等の競売システム(特許第2733553号)」及び、「ホームページページ上の広告情報供給・登録方
法(特許第2756483号)」)以外にもビジネスモデルに関する発明が特許されているのではないかと考えています。
皆様におきましてこのような心当たりがおありの方は、honjo-patent@pop21.odn.ne.jpまでご一報頂きますよう
にお願い申し上げます。