この世を生きる
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Return Home  つれづれなるままに、、、


Originated: 2002-11/16, Last Updated: 2002-11/16, 2004-4/08, 2005-9/16, 2007-6/26

この世を生きる: つらつら考えてみるに、己はどうして今ここにいるのか。 そしてどこへ行こうとしているのか。 言えることは、これまで過ごしてきた年月を 今後も同じ年月だけ生きることが出来るとは思われない。 A few years ago, I had a small talk with one young American lady, she asked me: "If you died one month after, what would you do now ?" I replied with smile : "I would do just every day life. This is my way of life." ---- 日曜日の昼下がり、畳のうえに寝転んで、 天井板の縞模様を見ているうちに、  いつしかうたた寝をしてしまいました。 そして夢の中に  人身受け難し 今己に受く 仏法聞き難し 今己に聞く この身今生に向かって度せずんば さらにいずれの生に向かって この身を度せん と言う言葉が浮かんで来ました。 この言葉は、「青空ページ」執筆の原動力です。 「人間」という存在は「現象」なんですって。 「ひとたび生を受け、滅せぬもののあるべきや」とか、 「色即是空、空即是色」なんて言う見方もあるもんだ。 「VRIL」と言う不思議な「ちから」があるんですって。 ---- 平成14年9月1日、父母のふるさと静岡にて法要を行いました。 残暑のきびしい暑い日でした。 墓所からいつも見える富士山は、あいにく雲に隠れて見えませんでした。 追善供養にささげた詩歌です:  父母の恩 静かなる岡にねむれるちちははの 「おとうさーん  おかあさーん」 その名を呼べば空蝉のこえ  きょうだいの恩 ちちははの恵みも深きわれらして  「やあ、元気でなによりだ」 集うてまゐるけふのよろこび  伴侶の恩 めぐりあひてともに苦労とよろこびの  「うん。ありがとう」 おまえ百までわしゃ九十九まで  つまの恩 ちちははの恩愛あふる深草の  「ずっと、青春なんだよ」 ゆきこをえたりわがもろうでに 開経偈 無上甚深微妙法 百千萬劫難遭遇 我今見聞得受持 願解如来眞實義 銀も 黄金も玉も 何せむに 優れる宝 子にしかめやも   長歌 瓜はめば 子供思ほゆ 栗はめば ましてしのはゆ いづくより 来たりしものそ 目なかひに もとなかかりて 安寝(やすい)しなさぬ 山上憶良  遊びをせんとや生まれけん 戯れせんとや生まれけん 遊ぶ子供の声聞けば、 わが身さえこそ揺るがるれ 梁塵秘抄  摩訶般若波羅蜜多心経 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識亦復如是 舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中 無色無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 無眼界 乃至 無意識界 無無明亦無無明盡 乃至 無老死亦無老死盡 無苦集滅道 無知亦無得 以無所得故 菩提薩捶 依摩訶般若波羅蜜多故 心無圭礙 無圭礙故無有恐怖 遠離一切顛倒夢想 究境涅槃 三世諸佛 依摩訶般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提 故知摩訶般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 能除一切苦眞実不虚 故説摩訶般若波羅蜜多呪 即説呪曰 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提娑婆訶 般若心経 駿河路や花橘も茶の匂い        松尾芭蕉 この道の富士になり行く芒かな     河東碧梧桐 するが野や大きな富士が麦の上     臼田亜浪  天の原 富士の柴山 木の暗(くれ)の  時移りなば 逢わずかもあらむ  山部赤人 亡くなった父が酒を飲んだときなどよく歌っていました:   "Little drops of water,   Little grains of sand,   Make the mighty ocean,   And the beauteous land.   And the beauteous land." 習った覚えはありませんが、オヤジの声がいつまでも耳に残ってます。。 全文はこの様です。 Return Home