パンフより: 心中宵庚申の、半兵衛とお千代
 

1999年11月12日(金)
 

< 玉男さん >

親友おせつは、玉男さんの大のファンだ。
何しろ「20歳の時から今なお38年間もずっと!!」なのだからハンパじゃない。
玉男さんも、始めからおせつの事を「特別かわいいファン」として認めておられる。
おせつと一緒の時には、いつも「玉男さんが、玉男さんが…」と話題が尽きない。
 

だから国立文楽劇場での年4回の公演は、この38年間欠かさず鑑賞している。
但し、海外転勤もあったりして、その間の数年間は抜けているが仕方ない。
おせつの影響で、私も時々同行する。

20年も前だが、ニュ−ヨ−クに住んでいた時、親しいアメリカ人に日本びいきの人
が何人もいて、その人達の家に招かれると、立派なつい立てや屏風が使われていたり、
日本人の私に話を合わせようとして、よく歌舞伎や文楽の話題になる。
しかし、こちらは特に興味が有る訳ではないので、常識程度にしか知識の持ち合わせ
がなくて恥ずかしい思いをした。

そんな経験から、帰国したら「もう少し日本伝統芸術鑑賞の機会を作らねばならぬ」
と固く決心していたのだ。

というわけで、公演毎に皆勤のおせつと、時間の都合が合う時には一緒に出かける。
今回の公演は11月3日から25日。そのうちお互い忙しい2人のスケジュ−ルが合
うのは12日すなわち本日のみ!

というわけで、楽しみにやって来た今日の演目は

   第一部 : 近江源氏先陣館
        三十三間堂棟由来
        景事・紅葉狩

   第ニ部 : 平家女護島
        心中宵庚申

おせつはいつも当然一部と二部を通して見るが、私はそんなに時間がないので、一部
のチケットのみ手配してもらっていた。

しかし帰れない。やっぱし見ると感激して、帰れない。二部を見ずして後ろ髪引かれて
帰っても何も手につかないだろう。

そこで心を決めて、二部のチケットを買いに走る。
11時から夜8時半まで、都合9時間半! 同じ姿勢で座っているだけでも疲れるのだけ
ど、見ている間は舞台に引き込まれているから気が付かない。

しかしいつ見ても文楽鑑賞は忙しい。
  人形を見る。
  人形を遣っている人を見る。
  義太夫を聞きながら、太夫を見る。
  三味線を聞きながら、そのバチさばきを見る。
  その間、床本を読む。
何と充実した時間である事よ!!

しかしアッチにコッチに、首振りを続けねばならない。

なんと、生き生きした人形の動作である事よ!
何と素晴しい義太夫である事よ!
太夫さん達の顔を流れる汗! 真っ赤に紅潮した顔面からほとばしる汗!
糸も切れんばかりのバチの動き!

引き入れられて、心臓が高鳴る。。。

人形の手の動きや、頭のかしげ方など、本当にどうしてこうまで艶かしいのか!
魂が有るようで、人形で有る事を忘れてしまう。
すごい!すごい!来て良かった、見て良かった、残って良かった!
大満足の一日だった。

しかし玉男さんは元気だ。大正8年生まれの80歳だというのに〜〜〜
長時間立ったままの人形遣い、左手で頭を、右手で人形の右手を操り、しかも一日中、
しかも毎日休みなく! 凄いではありませんか、その体力。
つい72歳で他界した父の事と比較してしまうのだが、本当に素晴しいとしか言い様がない。

いつものように、幕間には楽屋へお邪魔したが、その手はタコだらけ。特に左手の中指と手
のひらのタコは固かった。手許にはお針の道具が揃っている。遣う人形のあの衣装は、全部
自分で着付けをされるのだ。これもすごいじゃありませんか?

私の結婚の折、和ダンスいっぱいの着物を全て仕立ててくれたあの母が、今はもう孫のユカタ
さえ「そんなめんどくさいこと、もういやや。」と針仕事をいやがるというのに…

今日つくづく感じたのは、やはり玉男さんの偉大さだ。
あれだけ人形を生身の人間以上に表情を作りながら、御自分はまるで影のように、表情も変え
ず、人形も見ずに動かれる。さすが人間国宝!!

御一緒に写真も撮ったが、やはり重要無形文化財保持者・吉田玉男さんの写真を勝手
にネットに載せるのは問題があろう。
画像は、パンフのお人形にしておこう…
 

                        
                     前に   ホーム   次へ